代表の挨拶

IMG_7397ウェブサイトをご覧頂きありがとうございます。

私は大学院で修士号を取得してから研究所研究員、プロギタリストとして活動、そして士業として独立と少し変わった経歴を歩んできました。その中で私の一生の宝ともいえる全国の仲間達と出会いました。
この事務所を立ち上げるもっとも原始の動機となったのは、仲間達が起業していくのを見て、仲間達と一緒に仕事がしたい、自分の知識を活かして仲間の力になりたいということでした。

現在日本は増税、人口減少、少子高齢化、経済のグローバル化、TPP、財政問題等で日本の社会構造は大きく変わっていくことになると思います。日本の将来について悲観的に見る方も多いかもしれません。しかし変化の時こそ多くのビジネスチャンスが存在しチャレンジの時だと考えます。
法制面でのサポートでは弊所の力を大いに活用して頂きたいと思います。

湘南の地で生まれ、この地で事務所を開業できることは非常に幸せなことです。
湘南の皆様から頼りにされる、愛される事務所を目指して日々研鑽していきたいと思います。

司法書士・行政書士 成川修一

 

代表経歴

神奈川県藤沢市に生まれる。

1999年3月  慶應義塾高等学校 卒業

2003年3月  慶應義塾大学環境情報学部 卒業

2005年3月  慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修了

2015年11月 行政書士事務所ローライト湘南 開業

2016年6月  司法書士事務所ローライト湘南 開業

 

病弱だった子ども時代

私は神奈川県藤沢市で育ちました。
子どもの頃は、決して丈夫な身体ではありませんでした。
生まれつきの逆さまつげで右目の視力は0.1ほど。アトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎、喘息にも悩まされ、何度も病院に運ばれました。おまけに虫歯も多く、今振り返ると、なかなか大変な子ども時代だったように思います。
ただ、不思議なことに、当の本人はそれほど困っているつもりもなく、毎日をそれなりに楽しく過ごしていました。

サッカー、ピアノ、将棋。興味の赴くままに

3歳の頃から父とサッカーをしており、特に好きだったのはゴールキーパーでした。
小学校に入学するとサッカークラブに入りましたが、任されたポジションは中盤。どうしたらゴールキーパーになれるだろうと、いつも考えていました。ところが、肝心の「ゴールキーパーをやりたい」という一言を誰にも伝えていませんでした。当然ながら希望がかなうことはなく、小学校3年生でサッカーをやめてしまいました。
今なら、まず自分の希望をきちんと伝えることが大切だとわかりますが、当時はそんなことにも気づきませんでした。
小学校2年生の頃には、ベートーヴェンの音楽に感動し、ピアノを習い始めました。
ところが、家にはピアノがなく、練習はまったくできません。しかも、弾きたい曲があるのに、レッスンは「バイエル」という基礎練習から始まります。次第にレッスンから足が遠のき、公園で友達と遊ぶこともしばしば。結局、4年間習いながら、自宅で一度も練習しないという、今思えば先生には申し訳ない生徒でした。

一方、小学校4年生の頃、父に誘われて始めた将棋では、思いがけず藤沢市の将棋大会で優勝しました。
もっとも、始めた動機は父との対局でお小遣いを稼ぐこと。やがて父より強くなり、身近に対局相手がいなくなると、将棋からも離れてしまいました。振り返ると、子どもの頃から興味を持ったことには夢中になる一方、納得できないことはなかなか続かない性格だったようです。

バスケットボールとギターに夢中になった青春時代

中学校に入ると、漫画『SLAM DUNK』の影響でバスケットボールを始めました。
初心者からのスタートでしたが、練習や試合を重ねるうちに、自分が思っていた以上に負けず嫌いであることに気づきました。
新人戦を前にした練習中には右手の指を骨折し、悔しい思いもしましたが、中学3年生ではバスケットボール部の部長を務め、湘南選抜にも選んでいただきました。

同じ頃、家にあったギターを手にしたことが、その後の人生を大きく変えることになります。
当時流行していたMr.Childrenやスピッツを弾く一方で、ディープ・パープルやベンチャーズにも夢中になり、やがて洋楽のロックを中心に聴くようになりました。特にイングヴェイ・マルムスティーンのような速弾きギタリストに憧れ、ひたすらギターの練習に打ち込む日々が始まりました。

高校は慶應義塾高等学校に進学しました。
大学受験の心配がなかったこともあり、高校生活はバスケットボールとギターが中心でした。
学校を休むことはほとんどありませんでしたが、ある夏休みの日、床屋で髪を切っている最中に、その日が登校日だったことを思い出しました。
結局、高校3年間で唯一の欠席となり、皆勤賞を逃してしまいました。
高校卒業後は、本気でギタリストになることを考え、渋谷の音楽専門学校の説明会に一人で参加したこともあります。
しかし、両親からは猛反対。学費を出してもらっている立場でもあり、そのときは大学進学の道を選びました。

大学で初めて知った、学ぶことの面白さ

進学先は、慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)でした。
自宅から近かったことと、当時から興味のあったコンピュータについて学べることが、その理由です。
それまで勉強が特別好きだったわけではありませんが、大学に入って初めて、学ぶことの面白さを実感しました。
難しい問題でも、自分の興味のある分野であれば、調べ、考え、理解していく過程そのものが楽しい。そんな発見がありました。

一方で、ギターへの情熱も冷めることはなく、大学時代にはバンドコンテストで全国1位を獲得することができました。
大学4年生になる頃には音楽活動も本格化しており、就職活動はせず、研究とバンド活動の両方を続けられる大学院への進学を選びました。

音楽家、そして研究者として

大学院では、音響心理学やニューラルネットワークを用いた聴覚の研究に取り組みました。
人間が音をどのように感じ取るのかをモデル化したり、コンピュータに音色の違いを学習させたりする研究です。
音楽が好きで始めたことが、人間の知覚やコンピュータの研究につながったのですから、人生は面白いものです。
修士号を取得した後は、慶應義塾大学SFC研究所の研究員として研究活動を続けながら、プロのギタリストとしても活動していました。

研究と音楽。一見すると異なる世界ですが、どちらにも共通しているのは、物事を深く掘り下げ、試行錯誤を重ねながら答えを探していく面白さでした。

30歳を過ぎて、法律家への転身

音楽活動を続けるなかで、周囲の仲間が次々と起業していく姿を見る機会が増えました。
自分で事業を立ち上げ、新しいことに挑戦していく仲間たちに刺激を受け、私自身も、いつか自分の事業を持ちたいと考えるようになりました。
そこで30歳を過ぎてから、新たに法律の勉強を始めました。

それまで取り組んできた音楽や研究とはまったく異なる分野でしたが、法律を学ぶことにも、大学時代に感じたような知的な面白さがありました。条文や制度を理解し、複雑な問題を整理しながら解決方法を探していく。そうした過程は、研究者として取り組んできたことにも通じるものがありました。

行政書士試験に合格し、地元藤沢で「行政書士事務所ローライト湘南」を開業。
さらに、並行して勉強を続けていた司法書士試験にも合格し、「司法書士事務所ローライト湘南」を開業しました。
こうして、音楽家・研究者という少し変わった経歴を経て、法律家としての人生が始まりました。

地元・藤沢で、身近で頼れる法律家を目指して

現在は藤沢駅近くに事務所を構え、会社設立、不動産登記、商業登記、建設業許可、旅館業許可などを中心に、さまざまなご相談をお受けしています。これまでの人生を振り返ると、興味の赴くままに進み、ときには遠回りをしながら、さまざまな経験を重ねてきました。
サッカーで自分の希望を伝えられなかったことも、ピアノを思うように続けられなかったことも、今となっては懐かしい思い出です。一方で、バスケットボールやギター、大学での研究を通して、一つのことに真剣に取り組み、考え抜くことの大切さを学びました。

法律の仕事でも、同じことがいえると思っています。
ご相談いただく方が抱えている問題は、一つとして同じではありません。法律や制度の知識はもちろん必要ですが、それだけで十分とは限りません。
まずはお話を丁寧に伺い、何に困っているのか、何を実現したいのかを理解すること。そして、それぞれの事情に応じた解決方法を粘り強く考えることを大切にしています。

法律の専門家に相談することは、少し敷居が高く感じられるかもしれません。
だからこそ、難しいことをわかりやすく説明し、気軽に相談していただける事務所でありたいと考えています。
生まれ育った藤沢の地で、皆様の事業や暮らしを支える身近な法律家として、これからも一つひとつのご相談に誠実に向き合ってまいります。

司法書士・行政書士事務所ローライト湘南
代表 成川 修一